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2014.04.11 Friday

アイソレーションタンクに入ってきた


Facebookで2日連続別々の知人が行ったというので
これは行かねばならんという謎の使命感で行ってきました。

場所は白金高輪駅から徒歩2,3分の住宅街の中。
アイソレーションタンク(フローティングタンク)サロン|東京白金フロートセンター
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2008.07.03 Thursday

手触り感のある記憶

フリーズする脳―思考が止まる、言葉に詰まる - 情報考学 Passion For The Future
「それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして、私たちはインターネットをあまりにも便利に使うことによって、日常生活の中で、知識を得るまでのプロセスに多様性や複雑さをなくし、思い出す手がかりのない記憶をどんどん増やしてしまっているようなところがないでしょうか。そのために「知っているけど思い出せない」ということが増えた。」
ものすごく共感できる。
だから僕はあんまりiTunesで曲を買わないんですよね。
わりとHMVとかタワレコとかで買います。
本はamazonメインなんだけど
CDはリアル店舗メイン。amazonではほとんど買わない。

メインPCのiTunesは10,000曲/70Gぐらい入っていて
#ちなみに会社のは7000曲/40Gぐらいで同期はとれてない

それでも手持ちのCDを全部リッピングしてるわけじゃないんですが
昔から何度もCDのジャケットを見ながら聴いていた曲と
借りてきたCDの曲とか、iTunesで買った曲には
関連づけられる記憶が少なくて、やっぱダメなんですよね。
覚えづらい。曲名も。アルバム名も。
誰のリミックスか、なんてのは壊滅的。
周辺の記憶がリッチなほうがいいよ、やっぱり。

受験勉強のときを思い出しても
参考書の右の上のページの方にあった
アルファベット5文字位だったんだよなぁ
みたいな、そのものズバリじゃない記憶って
あったりしますよね。

そういう意味ではライナーノーツを読んだり
歌詞をおいかけたり、雑誌でインタビューを読んだり
誰かのレビューを読みながら聴いたり
レビューを書くために聴き直したり
ライブやクラブで体感したり
そういう行為全部がリッチな状態の記憶を作るんだろうな。

2008.04.23 Wednesday

Test Your Awareness: Do The Test


これはおもしろいなぁ。
でも1度見てしまったら、2度と同じ状態では見られない。

人間の認知って面白いもんだなぁと思う。
2008.04.05 Saturday

思考の言語化・対象化

 頭のなかにあるぼんやりとした考え、アイデアも
言語化して頭の外に出さないと定着しない。
すぐに忘れてしまうし、思い出したものが同じとも限らない。
ただ、言語化して頭の外に出した時点で
それはやはり頭の中にあったものと別物になる。
外に出したものを目で見て、耳で聞いて
それがようやく自分の考えと言えるんじゃないかと最近思う。

そしてそれを明日以降の自分が見たときに
新しい発見があったりもするし
こういうやりかたも一人会議だなと思う。
時間軸はだいぶと幅をとりますが。


同じようなことをいろんなところに
何度も書いているような気もするけど
思ったことを書く場所としてこのブログを使っているので
それはそれでOKということにしておく。

2008.03.06 Thursday

直感的に理解し、論理的に表現する

だからあなたは人格が破綻してるのね (smashmedia)
「直感的に理解し、論理的に表現する」ってのは当たってるのかなあ。

【東京ブック】 右脳型、左脳型? | IDEA*IDEAの診断。
僕もやってみたところ同じく指が左で腕は右。
まあ血液型診断と同様に右脳左脳の話も
個人的にはまゆつばだと思ってるんですけど
おもしろそうだと乗ってしまう。

それはさておき先日ある友人から
「kengochiさんは論理的だと人から言われるけど、実は直感派でしょ」
と言われ、ああ、よく見てるなぁと思って感心したことがあった。
特に社内だと直感派の人が多いということもあり
空気の読める僕としてはまとめ役にならざるを得ないのだった。

というのは半分冗談としても、ブログを始める随分前から
某劇団のファンサイトなどをやっていたんですが
芝居を見てきて「面白い!」と思う事や「今回のはつまらない」
と思ってしまうことの正体を知りたいという欲求が常にあり
それを自分で整理して見つけるために感想やレビューを書いていた
ということがありました。
それは演劇に限らず、音楽でも映画でもお笑いでもそうで
まず「!」となる瞬間があり、その正体を知りたくなる。
正体を知る事で、同じ要素をもつものに出会える、と考えてました。
実際は必ずしもそうとは限らないんですが。

なんとなく見えてきた1パターンとしては
演劇でも音楽でも絵画でも映画でも「目眩の感覚」というか
感覚の位相をずらされるようなものは特に好きだということ。
演劇だと舞台装置に頼らずに極限までこちらの想像力を使わせるものや
時間や空間があちこちに移動してバッファオーバーフローするような感覚とか
絵画でもエッシャーやマグリットのような超現実ぽいやつとか
音楽でも変拍子が多用されていて頭で同期しようとする感覚が追いつけなくなるとか
逆にミニマルなパターンでリズムの海の中に沈んで感覚が麻痺するようなのとか…
そういうこれも直感的に理解して論理的に表現する、の一例か。
なんか長くなってきたな、続きはまた今度にしよう。
2008.02.28 Thursday

ランキングのパーソナライズ

沢山の人が「いい」「おもしろい」と評価した結果
ランキングの上位にくるようなものが
自分にとっては面白くない、みたいなことは
例えば「J-POP嫌いの人」にはよくわかる感覚かと思いますが
これってなかなか興味深い現象だなと。

おもしろい、おもしろくない
興味がある、興味が無い
いいと思う、いいと思わない
という自分の判断の中に
「希少性」という要素がいくらか含まれていて
あまりにもありふれたものになると「陳腐化」して
評価自体も悪くなる。

先日なんだったかの番組で
一発屋芸人に学ぶ、みたいなコーナーがあり
元猿岩石の有吉、波田陽区、ダンディ坂野、つぶやきシローが出ていて
「ギャグをやって拍手されるようになったら終わり」
みたいな事を言ってたのがとても印象深かった。
「あー、これこれ」みたいな形になってしまうと
それはもうピークから下降線に入ってしまったことを示していると。
とはいえ陳腐化する手前でやめる、というのは難しい舵取りですよね。

もう飽きた、つまらなくなった、という本当に個人の中で完結した評価なのか
テレビ出過ぎだからもういいや、とか
今時あれをイイっていうのは恥ずかしい、みたいな社会性の中での評価なのか
つきつめるとどっちなんだろ。区別できないもんだろか。

みうらじゅんが「マイブーム」と言ったのは随分前ですが
ブームもひとそれぞれなように、ランキングもひとそれぞれ。
とはいえ自分の観測範囲内だけでは世界に広がりがないので
外部の情報も取り入れたい、、みたいなことで
ランキングもパーソナライズされていくんだろうなぁ。

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