<< June 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
2009.03.02 Monday

頭の中のもやもやを形にすること

アウトプットが大事なんだよっていうのは
僕は会社でも何度も何度も言ってるんですが
同じ言葉にも当然ながら色んな側面があります。
tumblrのreblogでもソーシャルブックマークでも
「そんなのアウトプットと言えるのか!」ていう意見があって
「創作活動」としてのアウトプットと
思索、ブレスト、思考実験としてのアウトプットには
相当大きな差があるんですね。それは当然です。

私が対象としているのは後者の方です。
つまり
「自分の頭の中にあるものは
 文章なり図なり絵なりにして
 一度外に出してそれを見る/眺める
 というステップを踏まない限り
 その形がわからない。」
ということなんですね。

アウトプットするということはすなわち形を与えること。

自分は書きながら、話しながら、メッセをしながら
自分の考えをまとめることがよくあって
文字になってはじめて、自分の頭にあったことが「解る」
ということがとてもよくあります。

別に誰かに見せることは必須ではなくて
自分しか見ないノートであったとしても
非公開のブログでも、ローカルのwikiでも
自分とのコミュニケーションであると捉えれば
それはそれでとても意味のあることなので
みんな何かしら書いたほうがいいよ。
それを見てはじめて理解できるんだと思う。

何回も同じようなこと書いてると思うけど
まあそれは気にしないでください。
2009.03.02 Monday

本棚を見せるということ

私は職場で座席の横に本棚を使わせてもらっているんですが
先週末社内で何人か分の座席を移動する小さな引越があった際に
総務人事部のKさんが私のところにいらっしゃって
まじまじと本棚を眺め
「あれ、鈴木謙介読まれるんですね、マニアックだな。」
「『社会調査のウソ』も読んだ事あります」
とかなんとか話しておられました。

移動のあれこれが終わった後に聞いてみると
大学時代に社会学関係にはまったというので
「『アーキテクチャの生態系』ってのが最近買ったやつで
面白そうですよ」とおしえてあげると
「アーキテクチャってきくとテンションあがります!」
との反応。
近くにこういう感覚が通じる人がいるとは
しかもバックオフィス系のスタッフで。びっくり。

こういうのってiTunesのプレイリストを見せるような
もんだと思うんですよね。
パッと見で何が好きかとか何に興味があるかとか
そんなものわかりっこないわけですが
でもその対象範囲が狭ければ狭い程
通じたときの回路は太くなったり。
昔あるコミュニティサイト運営の人が
「本棚を背負ってパーティでうろうろするような感じ」
と表現しておられたのもまさにこういうことで
俺はこれが好きだー、と大声出して歩くわけじゃなく
自分の好みの結果がリストになっていて
それが外から見えるところにある。ということが大事。
この距離感がいいんですよね。

それで「本」というところにフォーカスすると
やっぱブクログだなと。
最近ブログパーツもリリースしたり
開発がまた活発になっているので
僕も自分の本棚整理しようかなと思います。

2009.01.27 Tuesday

暗黙知の多い人同士にこそ齟齬が産まれる

F's Garage:仕様書や指示書で、人の本心を探り出せ!
同じ言葉を使っていても思っているレイヤーが違っていたりして、全く誤解をしたまま話を進めていることが多々あって、紙に書いて共有した瞬間に不整合に気がつくなんてことはよくある話。

こういうのは黙って進めると、開発や制作などの実装の段階で気がつくわけだが、その段階までに、後戻りできないことが見つからなかったら、そのプロジェクトマネジメントは負けだ。

自分が思ってることと、他のステークホルダーが思ってることとの差違を露出させるために、相手に「ん?なんか違くね?」って思わせる資料を作ろう。

疑問に思ってることが共有できれば一歩先に進んだと言える。


えふしんさんの書いてることに同意でありまして
おそらく最近は同じ場面で同じことを思ってるんだと思いますが
この話で1つ罠だなぁと思うことは
暗黙知の多い人、すなわち経験が豊富な人との間でこそ
こういった意識の齟齬が発生しやすいんじゃないかっていうこと。
むしろ何にも知らない素人の人が相手の方が
あ、この人わかってないな、的なシグナルに気づくこともあるだろうし
もっと明示的に「わかりません」と言ってもらえることもあるだろう。
なまじっか経験があって、自分の中にいろんな(過去の)イメージがある
そういう人との間のやりとりのほうが「わからない」シグナルの無いまま
ずれた理解で進んでいく危険性が高い。

顧客が本当に必要だったもの
という有名なネタ画像があるんだけど
これは何も「できない奴」同士だから発生する問題ではなくて
「できる人」同士でも手を抜けば十分に発生する問題なんだろうなと思う。

そういう意味で
手慣れた人たち同士の間にも仕様書、図解、文章での説明には
相当な重要度があるわけです。あのネタ画像を馬鹿にしてるだけの人は
コミュニケーションの行き違いの本当の怖さを理解していない!

とか偉そうに書いてる僕も今朝までは単なるネタ画像だと思って
笑いの種にしてました!!
2009.01.15 Thursday

意思決定の場面を共有すること

最近あるプロジェクトの会議を毎朝行っている。
毎朝30分から1時間程度。ほんとに毎日。

その場には自分よりはるかにビジネス経験が長い
すぐれたビジネスパーソンが何人も同席していて
参考になることがとても多い。

ある議題について意見を述べ合うこともあり
小さいことや大きいことの意思決定を行うこともある。
そういう「意思決定」の現場に立ち会うことっていうのは
価値観を理解したり共有することにかなり有効に働くんだな
と、あらためて実感する今日この頃。

A案かB案かどちらを選ぶか。
結果A案を採用しました、というだけではわからないことが
意思決定の現場にはたくさんある。
理由が何であるか、ということだけなら議事録見ればいい。
実際はそういうことよりも、
何を大事に思うか
何に価値を見出すか
どういう発想で何を判断しているか
といった事柄を感じることが大事なのだと思う。

おそらくそういう場面をたくさん共有していけば
考え方の同じところも違うところも理解できてくるんだろう。
2009.01.13 Tuesday

予想外の接客

先週カラオケに行ったんですよ。
連れが先に行ってまして
僕は遅れていったんですよ。
雨降ってたんで傘さしてたんですが
入り口入って傘をたたんで
受付で話をしていたところ
横から女性の店員が近づいてきまして
傘用のビニール袋を広げて
さあどうぞみたいな感じで。
片膝つくとこまではいかないですけど
それぐらいの感覚。
そのお店の接客としてそうやってるのか
その人が個人的にやってるだけのことなのか
わからないですけど。

それでちょっとびっくりしましてですね。
ホテルとか予約が必要なレストランとか
そういうところじゃなくて
1人1時間数百円のカラオケ屋さんで
たぶんバイトの女の子3人で受付回してるぐらいの感じで
そういう接客されたので衝撃受けました。

次回も同じ事があるのかどうか。
2009.01.08 Thursday

日本人は他人を信頼していないか

「派遣村」叩きに日本の国民性を思う - 玄倉川の岸辺
普通、常識として信じられていることに、「日本は信頼社会であるのに対して、アメリカは信頼よりもドライな契約関係が重要視されている」ということがある。しかし、調査によればこれとは全く逆の結果があらわれている。

「たいていの人は信頼できると思いますか」に「はい」と答えた人 ・・・・・アメリカ47パーセント、日本26パーセント
「他人はスキがあればあなたを利用しようとしている、と思いますか」に「そんなことはない」 ・・・・・アメリカ62パーセント、日本53パーセント
「たいていの人は他人の役にたとうとしていると思いますか」に「はい」 ・・・・・アメリカ47パーセント、日本19パーセント


確かにこの元記事を書いた方と同様に僕も違和感というか
「えー、そうなんだ…」という感想を持った。
信頼社会ではないのか、日本は。
でも自分の体感としてはそんなでもないよなぁと思う。

この調査結果と自分の体感が両立する条件としては
「他人がいるところで答えたかどうか」
というのがありそうな気がする。

つまり、他の人に見られているような状況では
「たいていの人は信頼できると思いますか」で「はい」と答えるし
実際そのように振る舞う。
しかしそれは建前で実際は「いいえ」と思っている。
みたいなことはあるんじゃないかなぁ。
そしてそれはそれでわりと日本人ぽい気がしないでもない。

最近のエントリー

最近のコメント

カテゴリー別アーカイブ

月別アーカイブ

プロフィール&リンク

検索

Search this site.

Booklog

twitter